北海道民から見た【胆振日高地震】と大停電



9月6日木曜日の午前3:08に発生した胆振東部地震から丸4日が経ちました。

僕たちの住む共和町は震源地から直線距離で約110kmと遠く、震度は3でした。

<拡大図>

強い揺れは感じましたが、地震による直接の損傷はなく、北海道の大部分の市町村と同じく停電による被害の方が大きいという状況です。

北海道在住でありながら今回の地震に触れずにブログの更新を何食わぬ顔でするのはモヤモヤするので、まずは自分たちの状況を時系列順に整理して公開させていただきたいと思いました。

前日の台風21号

まず、地震のあまりのインパクトでもう忘れ去られているかもしれませんが、僕たちが一番恐れていたのは前日(9月5日)にこの地方を直撃した台風21号でした。
ニュースでは過去20年程度で最大級ということも伝えられていて、道央地域の農家は警戒を強めていました。


<台風21号のルート>

実際に隣町の倶知安町(くっちゃんちょう)では最大風速42.2mの風が吹いて住宅の壁や屋根が剥がれるというのが何件もありましたし、隣町なので親戚や知り合いも多くかなり心配でした。

幸いにも僕たちの住む共和町は、家がビリビリ揺れるほどの風は吹いていましたが、奇跡的にビニールハウスの損害はゼロ、「トンネル」と呼ばれる小さいビニールの温室が風で剥がされたくらいで、農作物がダメになるということもなく、金額的な損失はゼロでした。


<台風で剥がされたトンネル>

普通の台風は大雨を伴ってやってくるんですが、この台風はほとんど雨を伴わずに通過してくれたのもよかったです。
日中には天気予報に全くなかったはずの大雨が降りましたが、この日は通常通りの平日として1日が終わりました。

実はこの日も起こっていた大停電

道外ではあまり知られていないかもしれませんが、実はこの日にも大規模停電が起こっていました。

夜中の3時ごろに一度台風で停電が起こり、北海道の半分以上が朝まで真っ暗な状態が続きましたが、翌朝には復旧しました。

幸いなことに、この日に軽い停電を経験していたおかげで次の日の地震で起こった大停電のとき、夜中にパニックにならないで済んだ地域は多いかもしれません。

地震と2度目の停電

9月6日木曜日。

深夜3時頃にスマホのサイレンが突然鳴って、「地震が来ます」という音声が流れました。
その数秒後に震度3の揺れが数十秒ありました。

それから数分後には停電がやってきました。
僕たちの地域は前日にも台風で停電になっていたので、「朝には復旧するだろう」と良くも悪くもあまり危機感を持たず、すぐに寝ました。

この揺れが予想以上に大変なものだったと知るのは翌朝のことでした。
北海道は停電でテレビが見られなかったので、道外の人の方が被害の全容を知るのは早かったかもしれません。

9月6日の朝

朝になっても電気が戻らずテレビが見られないので情報収集はスマホが中心で、radikoといういつも使っているラジオアプリを聞いて過ごしました。
twitterやyahooニュースなどで、厚真町や札幌市の一部で深刻な被害があったことを知りました。


<厚真町で起きた山崩れ>

当初は震度6強ということで報じられていましたが、昼過ぎには最大震度が7であったと訂正されました。

僕たちの地域では地震による直接的な被害はなく、停電のために農協の選果場が動かず農作物を出荷できないということが一番深刻な問題でした。
農家にとって最悪なのは、作物は収穫できるのに出荷ができずにダメにしてしまうことです。

「電気の復旧に4日〜7日かかるかもしれない」というニュースが流れてきたときは、本当に絶望的な気分でした。
体は元気なのに身動きが取れないもどかしさでずっとソワソワしていたのを覚えています。

停電中の町のようす

昼に近所のローソンに買い物に行ってみましたが、棚に食料品はほとんど残っていませんでした。

また、停電により信号が点かず、主要な交差点には警察官が立って交通整理をするという措置が取られました。

もちろんトンネルの中も真っ暗です。

隣町の岩内町のドラッグストアに向かいましたが店の外で長蛇の列を見て買い物を断念して帰りました。
札幌などの都市部では、スーパーに入るために数時間待ちというのも当たり前にあったそうです。

また、地震発生当日は食料品だけでなく燃料も不足していて、ガソリンスタンドでは数時間並ぶほどの行列と、一人20リットルまでというような制限が北海道全域で見られました。

発電機を使う

午後になっても電気が戻らないことから、我が家では古い発電機を引っ張り出してきて使いました。
僕が生まれてから25年間で一度も使ったことがないくらい古い発電機でしたが、どうにか動きました。

これで1階の冷蔵庫が使えるようになった時は本当に嬉しかったです。

夕方に隣町の泊村(とまりむら)の発電所が発電を再開したという知らせを聞いてからは、その日じゅうに電気が戻るかもしれないという期待が膨らみました。
期待通り、19時頃には共和町・岩内町で電気が復旧し、翌朝までには道内のほぼ半数の世帯で電気が復旧しました。

停電による損害

翌日から今まで(9月9日現在)、この日の停電による損害が尾を引いています。

丸一日停電したことにより、物流と小売業に大ダメージが与えられました。

冷凍・冷蔵食品は停電中にダメになってしまったものも多く、停電の長期化を見込んだ道民の駆け込みで食品は品薄状態になりました。
地震の当日・翌日には卸売業者の機能もストップしてしまったためにしばらくは品薄状態が続きそうですし、今も慢性的な燃料不足は続いています。

9月8日には仲卸市場でセリが再開したようなので週明けにはスーパーに品物が徐々に戻ってくるのではないかと思っています。

北海道の大部分は地震よりも停電による損害が大きい

道外の人に知っておいてもらいたいのは、地震による損傷が大きいのは北海道でもごく一部で、
実際は停電による損害のほうが範囲は大きい
ということです。

これは僕の主観ですが、「被災した」と言えるのは
・大規模な山崩れが起こった厚真町、安平町など胆振(いぶり)地方の町村
・苫小牧や札幌市の清田区など液状化が起こった一部の地域
・住居が損壊したり怪我をした人たち
・水道管破裂によりいまだ断水生活を強いられている人たち
・避難所生活を余儀なくされた人たち
というような、“インフラや住居を破壊されて日常生活への復帰が困難な人たち”だと思っています。
そしてそれ以外の地区は “被災者”ではなく“停電の被害者”という認識でいます。

もちろん僕は自分を被災者だとは一切思っていませんし、道外の皆さんには北海道民全体を被災者扱いにはしてほしくありません。

もし支援したいと思ってくださる方がいるならば、本当に支援してあげてほしいのはもちろん”地震による被災者・被災地域”の方です。

まず道外の方には、今回の地震では「地震による被災者」と「停電の被害者」がいるという状況を知っておいてほしいです。

ひとまず、今回の地震を経験した一人の北海道民としての経過報告とさせていただきました。